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スタートアップのアイデアを得る方法(ポール・グレアム)

Paul Grahamによるエッセイ、「How to Get Startup Ideas」公認日本語訳です。Paul GrahamはY Combinator(Airbnb、Dropbox、Reddit、Stripeなどを輩出したスタートアップ・シードアクセラレーター)の創設者です。プログラミング言語Lispの解説書や『ハッカーと画家』などを著したプログラマー、作家でもあります。彼の思考は論理が通っていて気持ちが良い。上の画像はPaul Grahamのツイートから引用しました。

4月17日、朝7時14分。ロンドンでこれを書いています。増加が止まらない感染者数と死者数の速報と、毎週木曜20時のNHS(イギリスの国営医療サービス)関係者への拍手を除き、繰り返される日々。上達していくドリップコーヒー。そんな静かなロックダウン(都市封鎖)生活を送っているうちに、長期プランを考え直す必要があると感じました。プランを組む前に、考え方をシフトさせるようなものを読みたくなり、ふと目に留まったこのエッセイを丁寧に読み込むことにしました。「わからないところを訳しながら読むのなら、他の人も読めるように書き留めておこう」と思ったのが翻訳の動機です。

イギリスでロックダウンが始まったのは3月24日。ロックダウン8日目の3月31日の夕方に翻訳することを決め、ロックダウン4週目に突入することが発表された翌日、4月14日に翻訳を終えました。既存の日本語訳との主な違いは、原文のニュアンスや強調に忠実な訳になっていることと、脚注も訳したことです。

原文のイタリックは太字にしてありますが、見落としているところがありましたらご指摘ください。誤訳や、わかりにくい訳、誤字脱字についてのご指摘も大歓迎です。
Twitter:@kakinokimasa
メール:m [ at ] kakinokimasato.com

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スタートアップのアイデアを得る方法

2012年11月

スタートアップのアイデアを得る方法は、スタートアップのアイデアを考え出そうとすることではない。問題を捜すことだ。できれば自分自身が抱えている問題だと良い。

最も良いスタートアップのアイデアには、傾向として3つの共通点がある。創業者自身が欲しているものであり、創業者自身が作れるものであり、ほとんどの人たちがその価値に気づいていないということだ。Microsoft、Apple、Yahoo、Google、Facebookはどれも皆、このやり方で始まった。

問題

自分自身が抱えている問題に取り組むことが、なぜそんなに大事なのか? 何より、問題が本当に存在していることが保証されているからだ。存在する問題にだけ取り組みべきだと言うと当たり前に聞こえる。しかし、スタートアップが犯す失敗として最もよくあるのが、誰のものでもない問題を解決しようとすることだ。

私も同じ失敗をした。1995年、私はアートギャラリーをオンラインにするための会社を立ち上げた。しかしどのギャラリーもオンラインにしたいとは思っていなかった。アートビジネスはそういう仕組みで回っていない。ではなぜ私はこの馬鹿げたアイデアに6ヶ月も費やしたのか? ユーザーに注意を払っていなかったからだ。私は現実に即していない世界のモデルを創作し、それをもとに仕事に取り掛かったのだ。作ったものに対してお金を出すようユーザーを説得しようとした時初めて、私のモデルが間違っていたことに気づいた。その瞬間でさえ、事態を飲み込むのに恥ずかしいほどの時間を要した。私は自分が作った世界のモデルに愛着を抱いていて、ソフトウェアを作るのに多くの時間を費やしていた。みんな欲しがるはずだ!

なぜこれほど多くの創業者たちが、誰も欲しがらないものを作ってしまうのだろう? それは、スタートアップのアイデアを考え出そうとすることから始めるからだ。このやり方は二重に危険だ。良いアイデアが出てくることがほとんどないだけでなく、そこから生まれる悪いアイデアは、あなたが騙されて仕事に取り掛かり始めてしまうのに十分なほど、もっもとらしく聞こえる。

YCではこれらを「でっち上げの」とか「シットコム[訳注:テレビやラジオの連続ホームコメディ]」スタートアップアイデアと呼ぶ。テレビドラマの登場人物の一人がスタートアップを始めたとする。脚本家はそのための何かを創作しなければならない。しかし良いスタートアップアイデアを思いつくのは難しい。必要に迫られてできることではない。だから(驚くほど運が良くない限り)脚本家たちはもっともらしく聞こえるものの、実際には悪いアイデアを考え出すことになる。

たとえば、ペットオーナー向けのSNSだ。明らかに間違っているようには聞こえない。大勢の人々がペットを飼っている。多くの場合、彼らはペットのことを気にかけ、たくさんのお金を使う。たしかにこうした人々の多くが、他の飼い主たちと話ができるサイトを欲しがるだろう。全員ではないかもしれないが、もしほんの2、3%が常連客であるなら、それは何百万人ものユーザーを意味する。彼らに的を絞ったサービスを提供できるかもしれないし、おそらくプレミアム機能からはお金を取れる。[1]

こうしたアイデアが危険なのは、ペットを買っている友人に説明すると、彼らは「私はこれを使わないだろうな」とは言わないところだ。「うん、たぶんこういうの使うだろうなと思うよ」と言う。それをもとにしたスタートアップをローンチさせるときにも、それは多くの人々に対してもっともらしく聞こえる。彼らは自分自身では使いたがらない、少なくともまだ。しかし彼らは他の人々が欲しがるのを想像することはできる。全人口のそうしたリアクションを合計すると、そこにユーザーは一人もいない。[2]

井戸

スタートアップが始まるとき、作っているものを本当に必要としているユーザーが少なくとも何人かはいなければならない――いつか自分が使うことを想像できる人々ではなく、それを緊急に欲している人々だ。大抵、こうした最初のユーザーグループは小さい。それは単純に、もし多くの人々が緊急に必要としていて、スタートアップがヴァージョン1のためにつぎ込むくらいの労力で作れるようなものがあったら、それは十中八九すでに存在しているからだ。それはある点では妥協しなければならないことを意味する。多くの人々が少量欲しいものを作るか、少数の人たちが多量に欲しいものを作るか。選ぶのは後者だ。このタイプのアイデアすべてが良いスタートアップアイデアというわけではないが、ほとんどすべての良いスタートアップアイデアはこのタイプだ。

X軸があなたの作っているものを欲しがるかもしれないすべての人々で、Y軸が彼らがどれだけ欲しがっているかを表すグラフを想像してほしい。Y軸のスケールをひっくり返すと、会社を穴のようなものとして思い描くことができる。Googleは巨大なクレーターだ。何百万人もの人々が使い、必要性も強い。始まったばかりのスタートアップが、そうしたボリュームを掘ることは期待できない。そういうわけで、最初の穴の形としては2つの選択肢がある。広く浅い穴を掘るか、狭く深い、井戸のような穴を掘るかだ。

でっち上げのスタートアップアイデアは大抵1つ目のタイプだ。ペットオーナーのためのSNSには、大勢の人々が少し関心を持つ。

ほとんどすべての良いスタートアップアイデアは2つ目のタイプだ。Altair Basicを作った時、Microsoftは井戸だった。ほんの数千人のAltairユーザーがいただけだったが、そのソフトウェアがなければ、彼らは機械言語でプログラミングするしかなかった。その30年後、Facebookも同じ形をしていた。彼らの最初のサイトはハーバードの学生たちに限定されていて、数千人しかいなかったが、しかしその数千人がそれを強く欲していた。

スタートアップのアイデアを手にしたら、自分自身に問うんだ。
・今すぐこれを欲しがるのは誰だ? 
・誰も聞いたことのない二人だけのスタートアップが作ったクソみたいなヴァージョン1でさえ使うほどに、これを欲しているのは誰だ? 
もし答えられないのなら、それはおそらく悪いアイデアだ。[3]

井戸の狭さそのものは必要ではない。必要なのは深さで、深さ(とスピード)に最適化すると、副産物として狭くなるのだ。ほとんどの場合においてそうなる。アイデアがある特定のグループや属性のユーザーを強く魅了することに気づいたら、それは良い兆候だ。深さと狭さの関係は、事実それくらい強い。

需要が井戸のような形をしていることは、良いスタートアップアイデアの必要条件だが、十分条件ではない。Mark Zuckerbergが作ったものが、一生ハーバード大学の学生たちにとってしか魅力的でないものであったなら、それは良いスタートアップアイデアではなかっただろう。Facebookが始まった小さな市場に、外へ抜け出るための高速道があったからこそ、それは良いアイデアだったのだ。ハーバード大学でうまくいくオンラインの顔写真つき学生名鑑を作ったら、どの大学でもうまくいく程度に、大学というものは似通っている。だからすべての大学で急速に広まった。大学生を全員集めたら、あとは扉を開放するだけで、それ以外の人たちも集められる。

Microsoftも同様だ。AltairのためのBasic、他のコンピュータのためのBasic、Basic以外の言語、オペレーションシステム、アプリケーション、そして上場。

自己

あるアイデアに抜け道が存在するのかどうか、どうやって判断するのか? 何かが巨大企業の芽なのか、あるいはただのニッチなプロダクトなのかどうすればわかるのか? 大抵それは不可能だ。Airbnbの創業者たちは、開拓しようとしていた市場がどれだけ大きいかということに、最初は気づいていなかった。初期のアイデアはもっとずっと狭いものだった。コンベンションの開催期間中に、家主が自宅の空きスペースを貸せるようにしようとしていたのだ。彼らはこのアイデアの広がりを予見していなかった。しかし徐々に、アイデアの方が拡大の兆しを見せ始めた。当初彼らが知っていたのは、そこに何らかの価値があるということだけだった。Bill GatesやMark Zuckerbergが最初に知っていたことも、それくらいのことだっただろう。

時として、初期のニッチな場所に、抜け出る道があることが最初から明白なことがある。そして時々私は、見てすぐにはわからないような道に気づけることある。それはYCが専門とすることのひとつだ。しかしいくら経験があっても、それをどれだけうまく行えるかについては限界がある。初期のアイデアから抜け出る道について理解すべき最も大切なことは、それに気づくことが困難だというメタ事実だ。

アイデアから抜け出る道の有無を予測できないのであれば、アイデアは一体どうやって選べばいいのだろう? 真実はがっかりさせるものだが興味深い。もしあなたが適切な人間なら、あなたには適切な直感がある。何かをやる価値があると直感するとき、もしあなたが変化の速い分野の最先端にいるなら、それが合っている可能性はより高まる。

『禅とオートバイ修理技術』でRobert Pirsigは言った。

完璧な絵の描き方を知りたいのか? 簡単だ。君自身を完璧にし、それからただ自然に描くんだ。

高校で読んでからずっと、この一節が頭から離れなかった。絵を描くこと自体にどれだけ有効なアドバイスなのかは知らないが、今話していることにはぴったり当てはまる。経験上、良いスタートアップアイデアを持つ方法は、それを持つタイプの人間になることだ。

ある分野の最先端にいるということは、それを押し広げる人たちの一人にならなければならないという意味ではない。一ユーザーとして最先端にいることもできる。Mark ZuckerbergにとってFacebookが良いアイデアに思えたのは、彼がプログラマーだったからというよりは、彼がずっとコンピュータを使っていたことが大きい。2004年に、生活をウェブ上に半ば公開したいかと40歳の人たちに尋ねたら、彼らはそのアイデアにぞっとしただろう。しかしMarkはすでにオンラインに生きていた。だから彼にとってそれは自然なアイデアに思えたのだ。

急速に変化する分野の最先端にいる人々は「未来に生きている」とPaul Buchheitは言った。Pirsigのものと合わせると次のようになる:

未来に生きて、そこに欠けているものを作る。

これは最大規模のスタートアップの多く、いやおそらくはほとんどがどのように始まったかを言い表している。Apple、Yahoo、Google、Facebook、どれも最初は会社になることすら想定してなかった。ある隔たりが世界に存在するように思えたために、創業者たちはそれらを作った。そしてそこから大きくなっていったのだ。

成功した創業者たちがアイデアを得た方法を見ると、準備されたマインドが、外からの刺激を受けた結果であることが通例だ。Bill GatesとPaul AllenはAltairのことを聞き、「僕らがBasicインタプリタを書けばいいんじゃないか」と思う。Drew HoustonはUSBを忘れたことに気づき、「ファイルがオンライン上にあるようにしなくちゃならない」と思う。多くの人々がAltairのことを聞いていたし、USBスティックを忘れた。それらの刺激が彼らに起業を促したのは、自身の経験によって、それらが示していた機会に気づく準備ができていたからだ。

スタートアップアイデアに関して使うべき動詞は「考え出す」ではなく、「気づく」だ。YCでは、創業者自身の経験から自然に生まれるアイデアのことを、「オーガニックな」スタートアップアイデアと呼んでいる。最も成功するスタートアップは、ほとんど例外なくこうした形で始まる。

こういったことは、聞きたかったことと違うかもしれない。あなたはスタートアップアイデアを思いつくためのレシピを期待していたのに、私は適切に準備されたマインドを持つのが鍵だと言っているわけだ。しかし、がっかりさせるかもしれなくとも、これが真実だ。そしてこれはある意味ではレシピだ。ただ下手すると、週末ではなく1年かかるものだが。

もし急速に変化する分野の最先端にいないのなら、そこに辿り着くことはできる。たとえば、適度に頭の良い人なら誰でも、おそらく1年でプログラミングの先端(モバイルアプリの構築など)に到達することができる。スタートアップの成功は人生の少なくとも3~5年を消費するので、1年の準備は妥当な投資だろう。共同創業者を探しているのなら尚更だ。[4]

速いスピードで変化する領域の最前線にいるためには、プログラミングを学ばなければならないわけではない。他にも変化の速い領域はある。しかしハックすること[訳注:プログラミングと読み替えても良い]を学ぶことは必要条件ではないものの、当分の間は十分条件だ。Marc Andreessenが言うように、ソフトウェアは現在世界を食べているところで、この傾向はまだ数十年続く。

ハックの方法を知っているということは、アイデアを得たとき、それを実行できるということも意味する。絶対的に必要なスキルではないが(ジェフ・ベゾスはできない)、強みだ。顔写真つき学生名鑑大学をオンラインにするアイデアを検討しているとき、「面白いアイデアだ」と思うだけではなく、「面白いアイデアだ。今夜、初期ヴァージョンを作ってみよう」と考えることができるとすれば、大きな強みになる。あなたがプログラマーであると同時に、ターゲットユーザーでもあるならさらに良い。新しいヴァージョンを生み出し、それをユーザーテストするサイクルを、1つの頭の中で回すことができるからだ。

気づくこと

何かにおいてあなたが未来に生きているとき、スタートアップのアイデアに気づく方法は、そこに欠けているように思える物事を探すことだ。急速に変化する分野の最先端にあなたが本当にいるのならば、そこには明らかに欠けている物事があるだろう。明らかでないのは、それらがスタートアップのアイデアであることだ。だからもしスタートアップアイデアを見つけたいのなら、「何が欠けているんだ?」というフィルターをオンにするだけでは足りない。その他すべてのフィルターを、特に「これが大きな会社になるだろうか?」というフィルターをオフにするんだ。 そのテストを適用する時間は後でたっぷりある。 しかし、最初からそうしたことを考えていると、多くの良いアイデアを除外してしまうのみならず、悪いアイデアに注意が向いてしまうことになりかねない。

ほとんどの欠けているものは、見えるようになるまで時間を要する。まるで自分騙すようにして、身の回りに存在するアイデアを見なければならない。

しかしアイデアはそこに存在する。これは答えがないかもしれないタイプの問いではない。今が、技術の進歩が止まったまさにその瞬間だということはありえない。この先数年のうちに、「×が出てくる前、一体自分は何をしていたんだろう」とあなたに思わせるものを、人々が作ることは間違いない。

そしてこうした問題が解決されたときに振り返ってみると、おそらくとてつもなく明らかな問題であったように見えるだろう。すべきことは、普段それらを見えなくさせているフィルター群をオフにすることだ。最も強力なフィルターは、世界の現在の状態を、ただ当然のように思うことだ。最も過激なオープンマインドの人でさえ、ほとんどそうしている。あらゆるものに疑問を抱く度に立ち止まっていたら、ベッドから玄関に移動することもできないだろう。

しかし、スタートアップアイデアを探しているのならば、現状を当たり前のように受け止めることの効率性をいくらか犠牲にして、物事に疑問を持ち始めるんだ。なぜあなたの受信ボックスは溢れかえっているのか? たくさんのメールを受け取るからなのか、あるいは受信ボックスからメールを外へ出すことが難しいからなのか? なぜそんなに多くのメールを受け取るのか? あなたにメールを送ることによって、人々はどんな問題を解決しようとしているのか? それらを解決するのにより良い方法はないのか? そして受信ボックスからメールを外へ出すことはなぜ難しいのか? なぜ読み終わったメールを取っておくのか? その目的に対して、受信ボックスは最適なツールなのか? 

あなたを苛立たせる物事には特に注意を払うべきだ。現状を当たり前とみなすことが好都合なのは、生活を(局所的に)効率化するだけではなく、より我慢しやすいものにするからでもある。次の50年で手に入るが、今はまだないものすべてを、もしあなたが知っていたとしたら、現在の生活をかなり制限されたものに感じるだろう。タイムマシンで、現代から50年前に送られた人が感じるであろうことと同じだ。何かがあなたをいらいらさせるとき、それはあなたが未来に生きているからかもしれない。

適切な種類の問題を見つけたとき、たぶんそれは明白なものであるはずだ。少なくとも自分にとっては。Viawebを始めた頃、オンラインストアはすべてウェブデザイナーが個々のHTMLページを作り、手作業で構築していた。これらのサイトがソフトウェアによって生成されるべきであることは、私たちプログラマーには明らかだった。[5]

つまり不思議なことに、スタートアップのアイデアを思いつくこととは、明らかなものが見えるかどうかという問題なのだ。このプロセスがいかに奇妙なものかわかるだろう。明らかで、かつ今まで見えていなかったものを見ようとするものなのだから。

ここで必要なのはマインドを緩めることなので、真正面から問題に対処するアプローチ、つまり、座ってアイデアを考えるようなやり方は、あまりおすすめできない。最も良いプランは、欠けているように思える物事を探すバックグラウンドプロセスを、ただ維持するだけのことかもしれない。好奇心が駆り立てるままに困難な問題に取り組みつつ、もう一人の自分には肩越しに観察させ、隔たりと変則に注意を払わせるんだ。[6]

いくらか時間をかけろ。マインドを準備されたものに変える速度はコントロールできるが、マインドとの衝突によってアイデアを触発する刺激に関しては、自分ではあまりコントロールできない。Bill GatesとPaul Allenが、スタートアップアイデアを1ヶ月で思いつくという制約を自らに課し、そしてAltairが現れるより前の月を選んでいたとしたらどうなっただろう? おそらく、あまり有望ではないアイデアに取り組んでいただろう。Drew HoustonはDropboxの前、あまり有望ではないアイデアに取り組んでいた。しかしDropboxは、それだけを見ても、また彼のスキルとの適合という意味においても、はるかに優れたアイデアだった。[7]

自分を騙してアイデアに気づく良い方法は、クールなものになりそうなプロジェクトに取り組むことだ。そうすると、欠けているものを作るように自然となるだろう。すでにあるものを作っても面白くなさそうだからだ。

スタートアップのアイデアを考えようとすると、悪いアイデアが出てくるように、「おもちゃ」と言われても仕方がないようなものに取り組むと、良いアイデアが出てくることがよくある。何かが「おもちゃ」だと言われるとき、それは重要であること以外は、アイデアに必要なものをすべて備えていることを意味する。かっこいいとか、ユーザーに愛されるといったことは、重要だとはみなされない。しかしもしあなたが未来に生きていて、ユーザーに愛されるクールなものを作っていたら、それは部外者が思っている以上に重要なことかもしれない。AppleやMicrosoftがマイクロコンピュータに取り組み始めた頃、マイクロコンピュータはおもちゃのように見えた。その頃のことは覚えているが、自分のマイクロコンピュータを持っている人を「愛好家」と呼ぶのが普通だった。BackRub[訳注:Googleの前身プロジェクト]は取るに足らない科学プロジェクトのようだった。Facebookは、学部生がお互いをストーキングするための手段にすぎなかった。

ネット掲示板の知ったかぶり連中がおもちゃ扱いするものに取り組んでいるスタートアップに出会うと、私たちYCは興奮する。それはアイデアが良いものであるという前向きな証拠だ。

長い目で見る余裕があるなら(そして私見では、長い目で見ることなしにはうまくいかない)、「未来に生きて、欠けているものを作る」ことをさらに良く言い換えることができる:

未来に生きて、面白そうなものを作る。

学校

私が大学生に勧めることはそういうことだ。 「アントレプレナーシップ(起業家としての能力や活動)」を学ぼうとすることなんかじゃない。 「アントレプレナーシップ」は、実践することによって学ぶものだ。最も成功した創業者たちの例を見ても、それは明らかだろう。大学にいる間に時間を費やすべきなのは、未来に向けてギアを上げていくこと。大学は、そのための比類なき機会だ。スタートアップの始動における難しい部分を解決する好機――つまりオーガニックなスタートアップアイデアを持てるタイプの人間になること――を犠牲にして、簡単な部分について学ぶのに時間を使ってしまうのはあまりにもったいない。そして座学でセックスを学ぼうとするのと同程度に、そこに本質的な学びはないのだからますます無駄だ。学べるのは用語だけだろう。

領域間の衝突は、とりわけアイデアの宝庫だ。もしあなたがプログラミングに精通していながら、他の分野について学び始めると、おそらくソフトウェアが解決できる問題が見つかるだろう。事実、別領域では良い問題が見つかる可能性が倍になる。(a)その領域の住人たちは、ソフトウェア領域の人間ほどには、ソフトウェアで問題を解決したことがある可能性が高くないし、(b)新しい領域に足を踏み入れたあなたは全くの無知なので、当然のことと思われている現状が何なのかということさえ知らないからだ。

だから、もしあなたがコンピュータ・サイエンスを専攻していて、スタートアップを始めたいと思っているのなら、アントレプレナーシップの授業を取るのではなく、たとえば遺伝学の授業を取る方が賢明だ。もっと良いのは、バイオテクノロジー企業で働くことだ。コンピュータ・サイエンス専攻の学生は普通、コンピュータのハードウェアやソフトウェアの会社で、夏のアルバイトをする。しかしスタートアップのアイデアを見つけたいのであれば、関係のない分野で夏の仕事を見つけた方がいいかもしれない。[8]

あるいは、余計な授業を受けずに、ただひたすら何かを作る。MicrosoftとFacebookがどちらも1月に始まったのは偶然ではない。ハーバード大学では、この時期はリーディング・ピリオドと呼ばれており(あるいは呼ばれていた)、学生は最終試験に向けて勉強することになっているため、授業がない。[9]

しかし、スタートアップになるものを作らなければと思ってはいけない。それは早すぎる最適化だ。ただ色々作るだけでいい。できれば他の学生たちと一緒に。未来に向けたエンジンの準備に大学が最適なのは、授業だけが理由ではない。周りに、同じことをしようとしている人たちもいる。彼らと共にプロジェクトを進めていけば、オーガニックなアイデアだけでなく、オーガニックな創業チームを持つオーガニックなアイデアを生み出すことになる――そしてそれは、経験上、最高の組み合わせだ。

研究には注意を払うんだ。学部生が何かを書いて、彼の友人全員が使い始めたら、それは良いスタートアップアイデアを示している可能性がかなり高い。一方、博士論文だとその可能性は極めて低い。なぜか、プロジェクトが研究として認められなければならないほど、スタートアップになる可能性は低くなる。[10]おそらく、研究として認められるアイデアの部分集合は非常に狭く、そのような制約を満たすプロジェクトが、ユーザーの課題を解決するという別次元の制約も満たすということが起こりにくいからだと思う。一方、学生たち(あるいは教授たち)がサイドプロジェクトとして何かを作るときは、ユーザーの課題を解決することに自然と引き寄せられる――ひょっとすると、研究における制約から解放されたことによる、さらなるエネルギーがそこにはあるかもしれない。

競争

良いアイデアは当たり前のことのように思えるため、持っていると出遅れていると感じがちだ。それよってためらってはいけない。出遅れていることが心配になるのは、良いアイデアであることの兆候の一つだ。10分ほどネットで検索すれば、大抵その疑いは収まる。たとえ他の誰かが同じことに取り組んでいるのを見つけたとしても、遅すぎるということは十中八九ない。スタートアップが競合他社に殺されるのは非常に稀だ―—その可能性をほとんど無視できるほどに。だから、ユーザーがあなたを選ぶことを妨ぐようなロックインを持つ競合他社を発見しない限り、そのアイデアを捨ててはいけない。

確信が持てないのなら、ユーザーに訊くんだ。遅すぎるかどうかという問いは、あなたが作ろうとしているものを緊急に必要としている人がいるかどうかという問いに集約される。もし一部のユーザーが緊急に必要としていて、競合他社にはない何かをあなたが持っているのなら、そこには発展のための足掛かりがある。[11]

問題は、その足掛かりが十分に大きいかどうかだ。そしてさらに重要なのは、そこに誰がいるかということだ。もしこの足掛かりが、将来的により多くの人が行うようになることをやっている人たちで構成されているのであれば、どんなに小さかったとしても、おそらく十分な大きさだ。たとえば、電話上で動作するという点で競合他社と差別化されたものを作っているが、最新の電話でしか動作しないという場合、それはきっと十分な大きさの足掛かりだ。

競争相手がいるところで物事を行っても全く問題ない。経験の浅い創業者はよく、競争相手を過大評価してしまう。成功するかどうかは、競争相手ではなく、自分にかかっている。だから競争相手のいない悪いアイデアよりも、競争相手のいる良いアイデアの方が良い。

皆が見落としている見解をあなたが持っていさえすれば、「混み合う市場」に参入することを心配する必要はない。実際、それは非常に有望な出発点だ。Googleはそういうタイプのアイデアだった。しかしあなたの見解は、「最悪じゃないxを作る」よりも正確でなければならない。既存の企業が見落としている何かを言い表せなければならない。何よりも良いケースは、既存企業に信念を持つ勇気がなく、彼らが自らの洞察に従っていたのなら、あなたのプランは彼らが実行していただろうと言える場合だ。Googleもそういう発想だった。先行していた検索エンジンは、自分たちがやっていることの最も根本的な意味合いを避けていた――特に、より良い仕事をすればするほど、ユーザーがより早く去っていくということを。

混み合っている市場は、需要があることと、既存のソリューションのどれもが十分に優れていないことの両方を意味するので、事実良い兆候だ。スタートアップが、明らかに大きく、かつまだ競合がいない市場への参入を望むことはできない。つまり成功するスタートアップはどれも、既存の競合他社がいる市場に参入しつつも、すべてのユーザーを獲得する秘密兵器を持っているか(Googleのように)、小さく見えるが結果的には大きくなる市場に参入するか(Microsoftのように)のどちらかになるだろう。[12]

フィルター

スタートアップのアイデアに気づきたいのなら、オフにするべきフィルターがあと2つある。「セクシーじゃない」フィルターと「厄介ごと」フィルターだ。

ほとんどのプログラマーは、素晴らしいコードを書いて、サーバーにプッシュし、ユーザーにたくさんお金を払ってもらうだけでスタートアップを立ち上げたいと思っている。彼らは退屈な問題に対処したり、実社会と面倒な形で関わったりしたくないのだ。そうした物事は足を引っ張るので、理にかなった選択ではある。しかし、この嗜好があまりに広まっているため、手頃なスタートアップアイデアのスペースにはほとんど何も残っていない。通りを数ブロック下り、乱雑で退屈なアイデアのところで、心をぶらつかせてみると、実装されるのをただ待っている、価値あるアイデアが見つかるだろう。

「厄介ごと」フィルターはあまりに危険なので、私はそれが引き起こす状態について別のエッセイを書いた。私はそれを「厄介ごとブラインド」と呼んだ。私はStripeを、このフィルターをオフにすることで利益を得たスタートアップの例として挙げたが、とても印象的な例だ。何千人ものプログラマーがこのアイデアを見ることができる立場にいた。何千人ものプログラマーが、Stripe以前の支払い処理がいかに大変かを知っていたのだから。しかし、彼らがスタートアップのアイデアを探したとき、このアイデアは見えなかった。無意識のうちに支払い問題に取り組むことを避けたからだ。支払い問題に対処することはStripeにとって厄介ごとではあるが、耐えられないものではない。実際、差し引きで痛みはむしろ減ったかもしれない。支払い問題に取り掛かることを恐れ、ほとんどの人たちがこのアイディアを敬遠したので、Stripeはユーザー獲得などの、困難なものになりうる他の領域では比較的順風満帆だった。ユーザーたちは、Stripeが作っていたものを心底待ち望んでいたので、彼らに存在を知ってもらうためにそれほど努力しなくて済んだ。

「セクシーじゃない」フィルターは、「厄介ごと」フィルターに似ているが、恐れている問題ではなく、侮っている問題に取り組むことを避けるという点で異なる。私のチームは、Viawebに取り組むためにこれを克服した。私たちのソフトウェアのアーキテクチャには興味深いところがあったが、eコマース自体には興味がなかった。 しかし、それが解決すべき問題であることがわかっていた。

「厄介ごと」フィルターは錯覚であることが多いので、「セクシーじゃない」フィルターをオフにすること以上に、オフにすることが重要だ。たとえ錯覚でなくても、悪い意味で自分を甘やかしている。成功するスタートアップを始めるのは、どうであろうとかなり骨が折れる。プロダクトそのものには大した手間がかからない場合でも、投資家とのやり取り、人材の雇用や解雇など厄介ごとはたくさんある。だから、もしクールだと思うアイデアがあるのに、それに伴う面倒を恐れて敬遠しているのであれば、心配してはいけない。十分に優れたアイデアに、多くの厄介ごとは付き物なのだ。

「セクシーじゃない」フィルターは、エラーの原因であるとはいえ、「厄介ごと」フィルターほど役立たずではない。もしあなたが急速に変化する分野の最先端にいるのであれば、何がセクシーかについてのあなたの考えは、実際に価値のあるものとの相関関係がいくらかはあるだろう。年を重ね、経験を積んでいるのなら特にそうだ。それに、あるアイデアがセクシーであると感じるとき、あなたはより熱心に取り組むことができるだろう。[13]

レシピ

スタートアップのアイデアを発見する最善の方法は、それを持っているタイプの人間になり、自分が興味を持ったものを何であれ作ることだが、ときにはそのような贅沢が叶わないこともある。今すぐアイデアが必要な場合もある。たとえば、スタートアップに取り組んでいて、最初のアイデアがだめだとわかったときがそうだ。

このエッセイの残りの部分では、必要な際にスタートアップのアイデアを思いつくためのこつについて話す。経験から言えばオーガニックな戦略を使う方が良いが、この方法でうまくいく可能性もある。ただ、より規律を守らなければならない。オーガニックな方法では、何かが本当に欠けているという証拠がないと、アイデアに気づくことさえない。しかし、スタートアップのアイデアを考えようと意識的に努力するときは、この自然な制約を自己規律に置き換えなければならない。たくさんのアイデアが出てくるだろうが、そのほとんどが悪いものなので、フィルターをかけられるようになる必要がある。

オーガニックな方法の例こそが、オーガニックな方法を使わないことの最大の危険性の一つになっている。オーガニックなアイデアはひらめきのように感じる。一見クレイジーなアイデアに思えるが、それが有望だと創業者が「ただ知っていた」ことから始まる、成功したスタートアップの話は多い。スタートアップのアイデアを考え出そうとして出てきたアイデアについてそう感じるとき、あなたはおそらく勘違いしている。

アイデアを探すときは、ある程度あなたが専門知識を持っている分野に目を向けるんだ。もしあなたがデータベースの専門家なら、10代の若者のためのチャットアプリを作ってはいけない(あなたが10代の若者でない限り)。それは良いアイデアかもしれないが、あなたの判断は信用できないものなので、無視するんだ。データベースと関連していて、クオリティを判断できる他のアイデアがあるはずだ。データベースを使った良いアイデアを思いつくのは難しいと感じるか? それは専門知識が基準を押し上げるからだ。チャットアプリについてのあなたのアイデアも同じくらい悪いものなのに、あなたはその領域ではダニング=クルーガー効果に陥っているのだ[訳注:能力の低い人間は、自分の能力の低さを認識できないということ]。

アイデアを探し始める場所は、あなた自身が必要としているものだ。必要なものが必ずあるはずだ。[14]

前職で「なぜ誰もxを作らないんだ? もし誰かがxを作っていたら、すぐにでも買うのに」と言ったことがないか、自分自身に訊いてみるのも良いトリックだ。もしあなたに、人がそういうことを言っていたxについて思い当たることがあるのなら、あなたはたぶん、すでにアイデアを持っている。そこに需要があることを知っている。そして作ることが不可能なものに対して、人はそんなことを言わない。

より広く考えるなら、ニーズが大多数の人と異なる、何か変わったところが自分にないか自問してみてるんだ。おそらくあなたはたった一人ではない。人と違っている点が、今後より多くの人々がそうなっていくようなことである場合は特に良い。

アイデアを変えようとしているのであれば、あなたが以前取り組んでいたアイデアは、あなたが人と違うことのひとつだ。取り組んでいる間、何かニーズを発見しなかっただろうか? いくつかの有名なスタートアップが、この方法で始まっている。Hotmailの創業者たちは、生活のための仕事を続けながら、当時考えていたスタートアップアイデアのことを話し合うためのツールを作った。それがHotmailの始まりだった。[15]

変わり者であるための特に見込みがある状態は、若いということだ。最も価値のある新しいアイデアの一部は、10代から20代前半の人々に最初に根付く。いくつかの点で若い創業者は不利な立場にあるが、同世代を本当に理解しているのは彼らだけだ。大学生ではない人がFacebookを始めるのはとても難しかっただろう。もしあなたが若い創業者(たとえば23歳以下)なら、現在のテクノロジーでは不可能なことで、あなたやあなたの友人たちがやりたいと思っていることはないだろうか?

満たされていない自分の欲求の次に良いのが、満たされていない誰かの欲求だ。世界に存在する隔たりについて、できるだけ多くの人と話すようにしよう。何が欠けている? できないことについてどうしたいのか? 特に仕事において、うんざりすることや、いらいらすることはなんだ? こうした会話は一般的なものにとどめておくんだ。スタートアップのアイデアを見つけようと必死になりすぎてはいけない。思考を刺激する何かを探しているだけなんだ。もしからしたらある問題の解決方法をあなたは知っていて、それゆえに彼らの意識していなかった問題に気がつくかもしれない。

自分のものではない、未解決のニーズを見つけたとき、最初は少しぼんやりしているだろう。何かを必要としている人は、自分が何を必要としているのか、たぶん正確にはわかっていない。そのような場合、コンサルタントのように振る舞うことを、創業者にはよく勧めている。つまり、この一ユーザーの問題を解決するために彼らが雇われていたとしたら、行うであろうことを実行するということだ。人々の問題は似ているので、この方法で作成したコードはほとんどすべて再利用できるし、そうでないものは何であれ、井戸の底に到達したという確信を持って始めるための、ささいな代償になるだろう。[16]

他人の問題をうまく解決するための1つの方法は、それを自分の問題にすることだ。E la CarteのRajat Suriは、レストラン向けのソフトウェアを作ることを決め、レストランの仕組みを学ぶためにウェイターの仕事を得た。極端なことをしているように見えるかもしれないが、スタートアップとは極端なものだ。創業者たちがこういうことをするのは素晴らしい。

実際、新しいアイデアを必要としている人に私が勧める戦略の1つは、たんに「厄介ごと」フィルターや「セクシーじゃない」フィルターをオフにするだけではなく、セクシーじゃない、または厄介ごとを含むアイデアを捜し出すことだ。Twitterを始めようとしてはいけない。そういった類いのアイデアはあまりにもめずらしいので、探して見つかるものではない。人々がお金を払ってくれる、セクシーじゃないものを作るんだ。

「厄介ごと」フィルターや「セクシーじゃない」フィルターを回避する良い方法がある。誰かが作ってくれたらいいのにと、あなた自身が使いたくて願うものが何なのか、自問することだ。今すぐあなたがお金を払うであろうものは何だ?

スタートアップは、壊れた企業や業界を不用品として片付けてしまうことがしょっちゅうなので、死につつある企業や、そうなってもおかしくない企業を見つけ出し、それらがなくなることによって、どんな企業が利益を得うるのか想像してみるのも良い策だ。たとえば、ジャーナリズムは今、衰退の一途を辿っている。しかし、ジャーナリズムのようなものから生まれるお金はまだあるかもしれない。将来どのよう会社が、何らかの軸において「ジャーナリズムに取って代わった」と語られるようになるだろうか?

しかし、今ではなく、未来においてそれを問うことを想像するんだ。ある企業や業界が、別の企業や業界に取って代わるとき、たいてい横から入ってくる。したがって、xの代わりを探すべきではない。結果としてxの代わりになったと、後から人々が言うものを探すんだ。そして置換が起こる軸について、想像力を働かせる。たとえば、伝統的なジャーナリズムは、読者が情報を得て時間をつぶすための手段であり、作家がお金を稼いで注目を集めるための手段であり、いくつかの異なるタイプの広告の媒体でもある。これらの軸のいずれにおいても置換が起きうる(すでにほとんどの軸で置換が始まっている)。

スタートアップが現存企業を食い物にする場合、大企業が無視している、小さいが重要な市場にサービスを提供することからたいていは始める。特に大企業の態度に、軽蔑が入り交じっていたらなお良い。多くの場合、それが彼らを誤解へと導くからだ。たとえば、Steve WozniakがApple Iとなったコンピュータを作ったとき、彼は当時の雇用主だったHP(Hewlett-Packard)に、製造の選択権を与えなければならないと感じた。幸いなことに、HPはそれを断った。Apple Iはモニターにテレビを使用していたので、当時のHPのようなハイエンドのハードウェア企業にとっては、耐え難いほど下等なものに思えたことが理由のひとつだった。[17]

初期のマイクロコンピュータ「愛好家」のように、現在大企業から無視されている、見苦しくも洗練されたユーザーグループがないか? より大きな物事に目を向けているスタートアップが、ある小さな市場を、その市場だけでは理にかなわない労力を費やすことで、容易に獲得できることはよくある。

同様に、最も成功しているスタートアップは、通常自分よりも大きな波に乗っているので、波を探し、どうすればそこから利益を得られるかを問うのは良い方法かもしれない。遺伝子配列決定と3Dプリンティングの価格は、どちらもムーアの法則のように下落を続けている。数年後の新しい世界で、新しくできるようになることは何だろう? すぐに可能になるのに、不可能だと無意識に排除していることは何だ?

オーガニック

しかし、波を直接的に探すという話をすることで、そのようなレシピが、スタートアップアイデアを得るためのプランBであることが明らかになる。波を探すこととは、根本的にはオーガニックなやり方を擬似的に行うことだ。もしあなたが急速に変化する分野の最先端にいるのであれば、波を探す必要はない。あなたがその波なのだ。

スタートアップのアイデアを見つけることは捉えにくい仕事だ。多くの人がかなり惨めに失敗する。スタートアップのアイデアを考えようとするだけではうまくいかない。そんなことをすれば、危険なほどもっともらしく聞こえる、悪いアイデアを手にすることになる。最良のアプローチは、より間接的だ。あなたに適切な種類のバックグラウンドがあれば、良いスタートアップのアイデアは、自明のこととして見えてくる。しかしその場合でも、すぐにそうなるわけではない。何かが欠けていることに気づく状況に出くわすには、時間がかかる。そしてそうした隔たりは、会社になるようなアイデアには思えず、たんに作ったら面白くなりそうものに見えやすい。だから、ただ面白そうだという理由で、何かを作る時間と気質を持っていることは良いことだ。

未来に生きて、面白そうなものを作る。奇妙に聞こえるだろうが、それが現実味のあるレシピだ。

脚注

[1]こうした形の悪いアイデアは、ウェブ上にはずっとある。「xのためのSNS」の代わりに、「xのためのポータルサイト」を作るつもりだという言い方を当時していたという違いはあったが、1990年代にもありふれていた。構造的に、このアイデアは石のスープ[訳注:協力を集めるための呼び水の比喩。参考ページ]だ。「これはxに興味のある人のための場所です」という看板を立て、集まってきた人々からお金を取る。この類いのアイデアに創業者たちを引き寄せるのは、あらゆるxについて興味を持つ人が何百万人かはいるという統計上の数字だ。彼らが忘れているのは、この基準において、一人ひとりが関心事を20個持っているかもしれず、20もの異なるコミュニティを継続的に訪れる人などいないということだ。

[2]ところで私が言っているのは、ペットオーナーたちのためのSNSが悪いアイデアだと確信しているということではない。ランダムに生成されたDNAが、生存可能な生物を作り出さないことを知っているというような意味合いで、それが悪いアイデアだと知っている。もっともらしく聞こえるスタートアップアイデアの数は、良いスタートアップアイデアの数より何倍も多く、良いものの多くはそんなにもっともらしく聞こえさえしない。だから、もしあるスタートアップアイデアについて知っていることの全てがもっともらしく聞こえたら、それは悪いアイデアなのだと想定すべきだ。

[3]より正確に言えば、あなたが作るものが何であれ、ユーザーはそれを使い始めるのに十分なだけの労力を費やす必要があるが、労力の量は場合によって大きく異なる。たとえば、伝統的なルートによって販売されている企業向けソフトウェアを使い始めるための労力はとても大きく、ユーザーに乗り換えさせるには、あなたははるかに優れていなければならない。一方、検索エンジンを乗り換えるのに要する始動の労力は小さい。このことは裏返せば、一般的に検索エンジンが企業向けのソフトウェアよりずっと良いものであることの理由にもなっている。

[4]これは年齢を重ねるほど困難になる。アイデア領域にやっかいな極大値は存在しないが、キャリア領域にはある。人々が人生において選択した道と、他の道との間には、かなり高い壁があることがほとんどだ。そして年を取れば取るほど、それらの壁は高くなっていく。

[5]ウェブが重要なものになることも明らかだった。1995年にそれを理解していたプログラマー以外の人はほとんどいなかったが、プログラマーは、GUIがデスクトップコンピュータに何をもたらしたのかわかっていた。

[6]この第二の自分に日記をつけさせ、毎晩、その日に気づいた隔たりと変則をリストアップする記事を書くのは、おそらく有効だろう。スタートアップアイデアではなく、生のままの隔たりと変則だけだ。

[7]Sam Altmanは、時間をかけてアイデアを思いつくことは、それそのものが良い戦略であるだけでなく、実行する創業者が非常に少ないという点においては、まるで過小評価されている株のようでもあると指摘している。

最高のアイデアにおいて競争が比較的穏やかなのは、それに気づくのに必要なだけの時間を惜しまない創業者が少ないからだ。一方、平凡なアイデアにおいて競争が激しいのは、人々がスタートアップのアイデアをでっち上げると、同じものを考えがちだからだ。

[8]コンピュータハードウェアとソフトウェアの会社にとって、夏の仕事は採用プロセスの第一段階だ。しかしあなたが優れているなら、第一段階はスキップできる。優秀なら、夏の過ごし方に関わらず、卒業後にこうした企業に就職するのは簡単だろう。

[9]経験的な証拠によれば、もし大学がスタートアップの起業支援をしたいのであれば、彼らを適切なやり方で放っておくことがベストだ。

[10]ここでは、IT関連のスタートアップについて話している。 バイオテクノロジーでは事情は異なる。

[11]これはより一般的なルール――競争相手ではなく、ユーザーに焦点を合わせること――の一例だ。競合他社についての最も重要な情報は、いずれにせよユーザーを介して学ぶものだ。

[12]実際には、ほとんどの成功しているスタートアップは、両方の要素を持っている。そして市場と呼ぶものの境界線を調整することで、それぞれの戦略を逆側から説明することができる。しかし、この2つのアイデアを分けて考えみることは役に立つ。

[13]しかし、この点について述べることに、私にはためらいがあると言ってもいい。スタートアップはビジネスだ。ビジネスにおいて大切なことはお金を稼ぐことだ。このような制約があるとき、自分が最も興味を持っていることに、すべての時間を費やせると期待することはできない。

[14]この必要性は強いものでなければならない。どんなでっち上げのアイデアでも、必要だったとあとから表現することは可能だろう。しかし、Drew HoustonがDropboxを、Brian CheskyとJoe GebbiaがAirbnbを必要としていたレベルで、あなたはレシピサイトやローカルイベント情報サイトを、本当に必要としているのか?

YCで創業者たちに「これ、もし自分が書いたプログラムじゃないとしたら、君は使うの?」と尋ねることがよくあるが、答えがノーであることの多さにあなたは驚くだろう。

[15]Paul Buchheitは、悪いものを売ろうとすることが、より良いアイデアの源になりうると指摘している。

「悪いアイデアを持っているYC企業に対して、僕が見つけた最高のテクニックは、(それを構築する時間を無駄にする前に)すぐに製品を販売しに行くように彼らに伝えることなんだ。自分たちが作っているものを誰も欲しがらないことを知るだけでなく、悪いアイデアを売り込もうとする過程で発見した、真のアイデアを持って帰ってくることがよくある」

[16]あなたが大学生なら、次のFacebookを生むかもしれないレシピがある。大学で力のある女子学生クラブの一つとのコネクションがある場合、そこの女王蜂にアプローチし、彼女らの個人ITコンサルタントになることを申し出て、社交生活で必要だと彼女らが想像できるもので、まだ存在していないものを作る。このようにして作られたものはどれも、非常に幸先がよい。そのようなユーザは、最も要求が厳しいだけでなく、拡散のための完璧なポイントでもあるからだ。

これがうまくいくかどうかは、私にはさっぱりわからない。

[17]テレビをモニターに使ったのは、Steve Wozniakが自分の問題を解決することから始めたからだ。ほとんどの同業者たちがそうであったように、彼にモニターを買うお金はなかった。

謝辞
下書きを読んでくれたSam Altman、Mike Arrington、Paul Buchheit、John Collison、Patrick Collison、Garry Tan、Harj Taggar。スタートアップ史についての質問に答えてくれたMarc Andreessen、 Joe Gebbia、Reid Hoffman、Shel Kaphan、Mike Moritz、Kevin Systrom。

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